oyama no souko.
君の子
2022 / 11 / 19
mob♀と結婚したluの子どもをshが少しだけ育てていた話。
sh目線。
何でも許せる方向け。
ぼくのなまえはね、
かつて人の子を育てていたことがある。僕の永い人生の中で、人の子を育てたというのは後にも先にもその子だけで、その子は僕の愛した人の子だった。
彼女の父親と僕は古くからの友人で、それ以上でも以下でもない。その父親の名をルカ、という。僕は人間ではなかった。しかし、ルカはそんな僕を全く怖がることもせずに、『シュウはシュウだよ』なんて言って退けるものだから僕は、僕のような怪物はルカという人間を愛してしまったのだと思う。そんな彼はごく普通の、それでいて彼と同じくらいよく笑う可愛らしい女の子と結婚して、その後に彼の瞳そっくりの子どもが産まれた。何度もルカは僕を家に招いてくれて、その度に似た顔で瑞々しく子どもと笑っていたから、そんな彼の顔を見るのが僕の束の間の幸せで、そんな日々が大事だった。しかし、そんな日常が一転したのはルカ一家を乗せた車が交通事故に遭ったという報せで、部外者の僕が状況を知る頃にはもうルカとその奥さんはもうこの世にはいなくて、代わりにひとりぼっちになった娘の彼女だけがぽつんと遺されていた。
嫌でも入ってくる人間の瘴気。一人になったこの子を誰が預かるのか、そんな言葉たちが煩わしくて、僕は問答無用でこの子を引き取った。そのときに少しだけ術を使わせてもらったのは、反省はしているけれど後悔はしていない。この子をきちんと愛して育ててくれる人たちが現れるまで僕はこの子を預かって育てよう、そうして僕は未だ齢五つの彼女を引き取ったのだった。怯えながら両腕でライオンのぬいぐるみをきつく抱き締めて、その子は泣いていた。まるで世界のすべてに恐れるように。だからなるべくこの子が怖くないように目の前で片膝をついて、とくべつ優しい声でその名を呼んだ。
『僕の名前はやみのしゅう。君のお父さん、ルカの知り合いでしばらく君を預かることになったんだ』
『…しゅう…?』
『ッ、…そう、しゅうって呼んで』
返事が一瞬遅れたのは、僕の名前を呼ぶ彼女の後ろに、散々聞き飽きたルカの顔が見えた気がしたからだ。呪いだろうか、目眩がしそうだった。
誰ともそうなったことがない僕にとって、人の子を育てるのは大変なことが多くて、何度も頭を抱える日々だったけれど、でも少なくともそればかりではなかった。彼女が僕の名を呼ぶ度にちり、と胸を焦がす寂寞の想いと小さじ一杯程度の慈愛が雫を落とす。人より何百年も長く生きているのに、こんなに日々時々刻々と変わっていく景色を眺めるのはいつぶりだっただろうか。眩しいほどの憧憬を初めて彼に抱いたあの日々とそれはよく似ていて、ぎゅ、と握りしめた胸元の痛みをまだ僕は知り始めたばかりだった。そんな僕の姿は君にどう映っていただろうか、きっと大きくなった君にならバレて仕舞ってしるのかもしれないけれど、どうかなるべくそのまま知らん振りを続けていて欲しい。僕は君たち家族を心から祝福しているし、その幸せな日々を心から願っていたのだから。僕とルカの中には少なからず友情よりも深い何かがあって、でも僕はその頬に手を這わすことはなかったし、ルカがその手を握ることもなかった。僕たちはそれで良かったと、それは今でも思っている。だって、君のような子が産まれたのだから。元気いっぱいで、直ぐに転んでは泣きじゃくる、快活でよく笑う太陽のような子。たすけて、と僕の名を呼ぶところは流石親子で、何度も同じ温度で呼ばれたことがある僕は、薄らと笑いながらそれでも必ず助けに向かった。そんな日々が少しだけ幸せだと思った。
俺に何かあったときは××を護って欲しいんだ。優しい声色で僕にそう伝えてきたルカにはこうなることがわかっていたのだろうか、まさか、人間にそんな力があるなんて僕は知らない。けれどあの時のルカはまるでこうなることがわかっていたような、そんな口ぶりだったと記憶を引っ張り出して振り返ってみる。幸せの絶頂に居たはずの君の言葉は妙に静かで、冗談はよしてよ、なんて言ったのを覚えている。
『あはは、ごめん。でも、何かあったときにシュウに助けてもらいたいから』
言われなくてもきっとそうしていた。けれど、ルカにそう言われたからそうしたんだと許して欲しい。
君を別の人に預けるときに、僕にしかわからないようにまじないをかけておいた。僕の意識すら届かないようなもの、ただ君のそばにいて君を護ってくれるもの。君が二十を過ぎたら自然と解けるそれ。その頃にもう君はきっと、僕のまじないがなくても生きていけるだろうから。
だからどうか、幸せで生きていてほしい。太陽のような人から産まれた子だからいつまでも輝いていられるはずだ。自我が芽生えた頃だったから、少し僕の影響を受けてしまったかもしれない、闇の部分を携えた君はどんな光へだって向かっていける。根本は彼の子だから何一つ心配なんてない。
今日もまた、永い一日が始まる。ひとりぼっちになってしまった君の人生の、ほんの一部にだけれど干渉してしまった僕。僕の永い人生のほんの少しの時間に干渉してきた君。僕たちは血が繋がっていないけれど、心から健やかな未来を願えるほど大切な時間を過ごしたと僕は思っている。少し温くなった茶を啜る。開け放たれた窓から見える、白い鳥と眩しい太陽を見上げた。さらりと、差し込んだ涼しげな風に混ざって、遠くで幽かに、僕の呪いが解けた気がした。