oyama no souko.
midnight criminals
2023 / 01 / 01
同棲shuca
本当は深夜じゃなくたって君と食べる
カップヌードルは美味しいんだ。
midnight lovers
シャワールームを出ると、キッチンから物音がしていてついでになにか良い匂いも漂っていた。頭をガシガシとタオルで拭きながら良い匂いのする方へと向かっていくと、そこには先にシャワーを済ませたシュウの姿があって、風呂上がりの俺を見るなり悪戯に加担しないかと言わんばかりの不適な笑みをその口に乗せた。良い匂いのするその容器にはカップヌードルと書かれている。
「着ないと風邪引くよ」
「今着るよ」
そんなことより。湯気のはみ出す蓋の中が気になってしょうがない。キッチンに立つシュウの隣に来ると、目の前のそれを指差した。数はひとつだけだ。
「これ食べるの」
「うん」
太るよ、とは敢えて言わずに良いねと言うと、ルカにも一口あげるよとシュウが上機嫌で言った。
深夜にこうして何かを食べるのは俺よりシュウの方が多い。シュウ曰く、アメリカの家に居たときは昼夜逆転していたし夜中になにか口に入れることも何度かあったよ。ルカも一緒に通話しているとき僕が食べているのを聞いたことあるでしょ。とのことらしい。確かに以前、まだ俺たちが付き合う前にポテトチップスのASMRを聞かせてくれたことがあったような気がする。そんなシュウは今も相変わらず夜中にこうして何かを口にしているというわけだ。そして、俺は元々早寝早起きだから夜中にものを口にするなんてことはまずなくて、シュウと暮らすようになってから初めて夜食というものの味を知ったのだった。そうして、この罪深い行為を世の中の多くの人がそうと知りながら辞められないことに合点がいった。きっと罪深ければ罪深いほどこの味はより一層美味しくなるのだろう。
「排水溝ついでに掃除しといた」
「ありがとう」
たっぷりお湯を注いだ容器と割り箸を一膳持ってシュウがリビングに移動する。その後ろを着いていきながら、俺は手に持っていたTシャツを頭から被った。ソファと同じくらいの高さのローテーブルにそれらを置いて、シュウが手招きをする。その手にはカップヌードルの代わりにドライヤーが握られていた。
「麺伸びちゃうよ」
「猫舌だから良いよ」
その声と共に大きく風の音がした。頭に温かくて強い風の感触と優しい手つきで髪を撫でる感触がする。シュウの伸びた爪は今日みたいな日には短くなっている。シュウ曰く簡単な操作で出来るそれは、しかし俺のため以外には使われないことを知っている。
深夜二時。こんな時間にまで俺が起きていることはほとんどない。コラボ配信だとか、お酒を飲むような日はそんなときもあるけれど、基本夜十時には眠くなってしまうような身体だから所謂深夜と呼ばれるような時間まで起きていることはあまりなかった。でもそれも、シュウと一緒に住むようになってから少し増えた。そう、こんな風に身体を重ねたような日のことだ。付き合い始めてから一年と五ヶ月、一緒に住み始めてからは二ヶ月が経った。元々生活リズムが大きく異なっていた俺たちは初めそれらを合わせるのに結構苦労したけれど、今はもうだいぶ揃ってきたように思う。シュウは時計がてっぺんにいく前にベッドに潜り込んで来てくれるようになったし、俺もこんな時間まで起きていられることが増えた。そして付き合っている俺らは勿論夜の営みもしたいと思っていて、それらを考慮したときに、早めにベッドに入るのが良いんじゃないかってことになった。俺たちは二人ともそういうことは確かにしたくて、でも猿みたいに元気じゃないし老夫婦みたいにのんびりでも無いからそれなりに同じような周期をもって触れて触れられたくなる時がある。だからそんな日はいつもよりちょっと早めに二人で手を繋いでベッドに潜って(なんで手を繋ぐかはわからないけれど、いつもシュウが握ってくる)、シュウに可愛いねって言われたりシュウの背中に爪を立てたりする。それはいつも日付を越す前に終えたりするんだけれど、今日みたいに盛り上がっちゃった日もあって、そんな日はこんな風に遅い時間まで起きていたりする。きっと次の日が二人とも休みだっていうのも理由のひとつなんだけれど、俺とシュウは驚くくらい感性みたいなのが似ていて、お互いに欲情するタイミングも同じだったりする。恥ずかしいけれど身体の相性が最高ってやつだ。勿論、心の相性も最高だよ。自分で言っててすごくイタいね、俺。
「るか、はい」
いつの間にか終わっていたドライヤーはすっかり片付けられていて、俺の目の前にはシュウが差し出してきた罪深い麺があった。あー、ん。大きく口を開いてそれをぱくりと口に頬張る。虫歯の一本だって無い俺はよく口を開けてしまう。笑うときも、その、するときも大きな声を出してしまうからシュウに怒られてしまうかなって思っていたけれど、シュウは全くそんなことなくてむしろ俺の声が好きだなんて言ってくるものだから、俺は相変わらず大きな口を開けて大きな声で笑っている。シュウはやっぱり物好きだと思う。俺もシュウの口角の上がった薄い唇の隙間から覗く形の良い歯が大好きなんだけど、シュウはあんまり大口を開けて笑わない。それなのに俺が苦しそうにシュウの名前を呼ぶときにはそれをがばりと開けて俺の啼き声と共に飲み込んで仕舞うから本当に狡い男だ。そのせいで俺はいつも泣いてシュウにしがみついちゃうのにさ。
温くなった麺の、一番スタンダードな味が口内を満たした。
「おいひい」
「でしょ」
まるで自分のものみたいに言うシュウは俺に餌を与え終わると、豪快にそれを啜った。日本人みたいなシュウのその動作が面白くて思わずふふ、と笑ってしまう。シュウの膝の間に座った俺はそのままシュウの太腿に顔を乗せた。
「しゅう」
「んむ、」
「しあわせだね」
「んむ、」
「ふは、早く食べてよ」
激しく熱を交わし合った日のシュウはお腹が減るのも早くて、こんな日は必ずと言って良いほど何かを食べる。でもこの時間に食べる生活を続けていたら流石に太ってしまうし、食べた分を消費するにしたって俺たちはボーナスタイムくらいの行為なら出来るけれど、きっと夜通しみたいなのは無理だからさ、今度は一緒に二人で世界を冒険しながら筋トレしようよ。そしたらシュウが前に言ってた俺をお姫様抱っこする夢も叶えられると思うんだ。俺はあんまり乗り気じゃないけど。
深夜に食べるカップヌードルは罪深い味がする。けれど、それと同時に二人でこの罪を庇い合う愛おしい味もするのだ。