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コメディ

2022 / 07 / 07

タイムゾーンとかいう概念がわからなさすぎたので

​無理矢理同じ場所にいてもらいましたよ。

​思わず口が滑ったなんて、そんなに君との時間が心地良い

 こんな感情を抱くようになったのは一体いつからだろうか。彼と出会った瞬間だったかもしれないし、つい最近のことかもしれない。兎にも角にも一度そう思ってしまってからは時間経過など大した問題ではなくて、肝心な問題は僕自身がそれを知りながら彼と関わることが心苦しいということだった。けれど、そんなことが些細になってしまうほど、君からの言葉は僕に重く、深くまるで鈍器で殴られたように衝撃を与えてきたんだ。

『シュウ日本語教えてくれない?』
 午前十時。寝起きと共にごそごそと硬い端末を手探りで探す。そうして触れた感触に目を見遣ると、差出人の名前にはルカ・カネシロと書かれていた。ピコンという軽快な通知音が鳴り画面に表示されたそのメッセージを見て、シュウは通話アプリを開いた。メッセージが来た彼とのダイレクトメッセージの欄に返事をする。
『いいよ、いつ空いてる?もし急ぎじゃなきゃ事務所で直接でも良いけど』
 今は二人とも日本に来ていて、滞在先こそ違うものの同じ時刻を過ごしているのだった。いつも日本標準時で会話しているとはいえ、こうして実際に同じ時刻で過ごせるのは素直に嬉しい。どうせならルカと会う口実もできると少しの期待を含ませてシュウはそう返すと、『今日の夜!通話で大丈夫だと思う』とすぐにメッセージが返ってきて、少しだけ残念に思いつつも、今日の夜はシュウも配信や打ち合わせなどの予定がなかったので午後七時に、と約束をしてシュウは画面をスライドさせた。

「……ここはこうで、」
「じゃあ、これはこうなる?」
「えーっとね、それはこうかな」
 通話を繋げ、互いに画面共有をしながらルカに日本語を教える。ルカは日本語はまだまだ拙いながらも積極的に使おう、吸収しようとする姿勢は高く、教える方も教え甲斐がある生徒でシュウ自身もルカに何かを教えるのが好きだった。
「なんでそうなるの?!日本語難しすぎるよ」
「はは、難しいよね。僕もまだわからない言葉が沢山あるよ」
「シュウでも?!じゃあ俺はまだまだネイティブになれないな」
 驚いた声を出すルカに、そろそろ集中が切れただろうと思い休憩を提案するとやった!と元気なものに変わり喜ぶ姿が目に浮かぶようだった。目をきらきらさせているであろう姿を想像してふふ、と笑ってしまう。ルカのこういう素直なところが好きなんだよなあ。そう思いながらシュウは飲み物を口にした。
 そうして休憩を挟んだ後で、勉強を再開する。暫くして、ルカの眠そうな欠伸が聞こえ時刻を確認すると、時計の針はもうすぐ真上に到達しようとしていた。にじさんじライバーの中でも健康優良児の一人であるルカにとってこの時間まで起きているのは大変なのだろう。
「そろそろ終わろうか、区切りも良いし」
 伸びをするとゴキゴキという鈍い音が聞こえ、思っていたよりだいぶ身体が固まっていたのだと知る。今日は勉強という名目ではあるがルカと沢山話せて良かった、良い眠りにつけそうだと思っていたとき、妙に静かだなと思っていたルカが控えめな声でシュウ、と呼ぶのが耳に入った。
「シュウ、あのさ、」
「ん?どうしたの」
「あ、えっと、あぁ、んん、その」
 ルカにしては珍しく言い澱んだ声を出していて心配になる。
「困りごと?言えなそうだったら無理に……」
「シュウのこと好きになっちゃったんだ!」

 ・・・・・・

「なん、え?」
 沈黙は果たして何秒続いたのだろうか。一瞬のような、はたまた何分も経っていたような気もする。今ルカはなんと言ったか。シュウとは自分のことで合ってるだろうか、周りにそんな名前の男はいなかったように思えるしそれでは自分か、と思ったところでいやいやそんなわけはないと自嘲気味に笑う。そう思いながら先程のルカの音声を再生する。
『シュウのこと好きになっちゃったんだ!』
「……嘘?!」
 まず頭を過ぎったのは何故、という疑問符だった。何故ルカはいきなりそんなことを言い出したのだろうか。何故僕のことが好きなのだろうか。シュウはルカのことが好きだ。けれど、ルカはシュウのことが好きじゃない。というか多分、恋愛の好きというものが彼の中にあるとして、それが自分に向けて使われるようなことは今もこれからもあるはずがないのだ。あっては困る。だってルカだ。それ以上の理由も以下の理由もない。それに、自分はそれで良いと思っているのだ。ルカの親しい友人の一人として。それでいれるならば甘んじてそれを受け入れようと思っている。欲がないとは言わない。ルカでティッシュを汚したことだってある。だからせめてこの汚い感情を持っている自戒として、それ以上のことを彼には望まない。そう決めていたのにまさかルカの方から言われてしまった。しかもシュウが言葉を発したときには通話はもう既に切れていて、恐らくシュウが沈黙している間にルカが切ったのだろう。すぐに反応できなかった自分も悪かったとはいえ、ルカのそれは、言い逃げ以外なにものでもなくて。
「次どんな顔で会えば良いんだ」
 頭を抱えても答えは出るはずもなく、当然その日は眠れなくて、翌日には酷い隈が目の下を覆っていた。

.

「どうしよう、思わず言っちゃった」
 あああ、と言葉にもならない声を発しながら、通話終了ボタンを押したルカは机に突っ伏した。本当は言うつもりなんてなかった。否、今は言うつもりなかったのだ。だってこの気持ちは最近芽生えたものだったから。きっかけはそうだな、沢山ありすぎてわからないや。恐らくずっと、前からそうだったと思うのだ。自分が理解するのにかなりの時間を要しただけで。ずっとシュウからの見えない何かは自分に発されていて、その気持ちに気付いてからは芋づる式にあれもこれもそれもと実感が沸いてきて、それを実感した日には本当に熱が四十度まで出るんじゃないかってくらいに顔も身体も熱くなった。それと同時に、シュウからのそれが嫌じゃない、むしろ嬉しいなんて思ってしまったから軽く卒倒しかけてしまった。いや、よろけた拍子に机の角に足の小指をぶつけたんだけど、そんなことはどうでもよくて。ルカ、と自分の名前を呼ぶ声が普段シュウが発する声の中でも一際優しさを含んでいること、配信内外でも困っていたら必ず手を差し伸べてくれること、自分がどうしようもなくシュウに悪戯したくなること、それ以外にもあり過ぎてわからないほどたくさんの全てでシュウが自分を好きで、自分がシュウを好きなのだと知ってしまった。
 だからそう叫んでしまったとき、シュウから返事がなくて動揺してしまった。あのまま待っていたらシュウは返事をくれただろうか。僕も好きだと言ってくれただろうか。焦って押してしまったボタンが憎い。けれどもしあれが戸惑っている沈黙だったら?今まで自分が思ってきたことは全て幻覚で思い違いで、シュウはただ仲の良い友人としてルカに接してきたとしたら。そう思った途端、背筋が凍り付くような気がしてやっぱり切って良かったと思う。それでも今己が発した言葉がシュウに届いているのは変えようもない事実で。
「シュウの顔見るのが怖いよ……」
 すっかり覚めてしまった眠気のままベッドに潜り込み、そのままウンウンと眠れない夜を過ごした。その翌朝、日課のランニングには行けず、オーガスタスに髪の毛を食べられかけてやっと目を覚ましたのだった。

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