oyama no souko.
太陽のきみ
2022 / 06 / 29
shucaの学生パロディ。
すべて夏の暑さのせい。
太陽のように思えたぼくたちは。
人がまばらにいる昼下がりの図書館。一つ一つが仕切りで区切られた自習用の席、その中でも窓際の一番奥で机に向かっていたシュウの元へ一つの人影が歩み寄る。何を見ているんだ?クエスチョンマークが頭の上に容易に浮かんでいるのがわかる声色で、ずい、と己の視界に映り込んできた小麦のような金色。その頭に向かってシュウは小さくルカ、と彼の名を呼んだ。
「静かにしなきゃだめだよ」
「わかってるって。で、シュウが見てるその本はなに?」
シュウの隣にどかりと座り込んだルカの少し汗ばんだ二の腕がシュウのそれに少し触れてドキリとする。人との距離が近いのは彼の性格か。あまり自ら距離を詰めることをしない自分にとって、その積極さは眩しく、己の心を掻き乱されていた。途端に外から差し込む日差しが肌をジリジリと焦がすように身体が汗ばんでゆく。暑さから逃げるようにこの場所へ来たはずだったのに、隣に太陽が来たせいでそれも意味を成さなくなってしまった。懸命に啼く蝉の声がやたらと耳に届いて五月蝿く響く。触れた肌を誤魔化すように、それまで読んでいた本の表紙をルカに見せた。
「北風と太陽だよ。さっきの授業で少し触れて懐かしくなったんだ」
シュウが開いたページはちょうど太陽が旅人の上着を脱がせたシーンで、ニコニコと笑う太陽の顔がルカみたいだなとシュウは思った。彼の笑った顔は勿論、その明るい性格は周囲を巻き込んで皆を笑顔にする。己もそのうちの一人であることはもはや自明で、それ以上の恋慕を抱いていることはルカ以外の他の人たちには秘密である。
「懐かしいな、俺も小さい頃読んだよ」
「うん、ルカは太陽みたいだね」
思わず口を滑って出た言葉はいきなり聞いたらまるで口説き文句みたいで、しまったと思っても、もう既に空に吐き出されたその言葉達はしっかりと隣の彼の耳にまで届いていた。しかし、体温が上昇するシュウに反してルカはシュウの言った意図などまるで理解していないようで、嬉しそうにほんと?などと喜んでいる。きっと自分は賢いと言われたように思っているのだろう。シュウは少し残念に思ったが、その無垢な顔さえも愛おしく感じてしまうのだからこの感情はなんと厄介なものだろう。いっそ己の意図も伝わってしまえば良いのに。
「でも俺は力任せでやろうとしちゃうから太陽はシュウの方な気がするよ」
「そうかな」
「そんなことよりさ、シュウ」
そう言って掴まれた腕に伝わる温度は思ったよりも熱くて、シュウは驚きながらルカの方を向いた。
自習になった教室を抜け出して校内をブラブラしていたルカの視界に、図書館の隅にいるシュウが映り込んだ。正確にはその頭を探していたのだから見つけたと言う方が正しいのだが。そうして彼の元へ駆け寄ったルカの脚は、シュウの横顔を見るや否や一瞬止まってしまった。だってその横顔は、十七という歳にしては余りにも大人びていたから。普段ガキんちょなどと揶揄される自分とは違ってしっかり者で皆から頼りにされているシュウ。そんな彼の憂いを帯びた顔に、気がつけば迫るようにその視線の先に顔を運んでいた。その視線の先に知らない誰かを入れて欲しくない。自分がそう思っていることに気がついたのは、ルカ、とシュウに声を掛けられてからだった。見たことのあるイラストの載った絵本であったのに、口を開けば誤魔化すようにその本のことを聞いていた。丁寧に教えてくれたシュウに心が痛んだのも束の間、自分のことを太陽だと言って笑った彼のその顔がまるで太陽みたいで、不意に胸がどくんと波打った。逸らされたシュウの、髪の隙間から見える耳が少しだけ赤みを帯びていて、この胸の鼓動の意味を彼も知らないはずがないし、きっと彼も自分と同じなのだろうと、決して自分の見間違いなんかじゃ無いだろうと思った。そして、少しだけぎこちなさそうに視線を彷徨わせたシュウの腕を掴んでその名前を呼んだ。こちらを向いたシュウの驚いた顔がゆっくりと近付いてくる。否、近付いたのはルカからである。
「なにルカんっ、」
気が付いたらその薄い唇に己のそれをくっつけていた。少し湿ったその場所に熱い温度を交わし合う。皮膚に皮膚を押しつけただけの拙い行為は、しかし直ぐに終わりを迎えた。
「な、なに」
「どうしてもキスしたくなっちゃったんだ」
上目遣いにシュウを見上げるルカの顔に生唾を飲み込んだ。ここでそんな顔は反則だろう。我慢の効かない子どもみたいな行動をするくせにその瞳に乗っているのは明らかな情欲で。どこで彼の火を付けてしまったのかわからない。ただ君を太陽みたいだって言っただけじゃないか。いや、その後の自分の顔が良くなかったのかもしれない。感情の機微に関して妙に聡いルカに、きっとバレてしまったのだろう。夏の暑さは嫌いだ。だからわざわざ教室から少し遠いこの場所にまで逃げてきたのだ。それなのに、ルカの熱にシュウ自身も焚き付けられているのだから尚更タチが悪い。轟々と天井から吐き出されている冷気は意味を無くし、二人の体温だけが夏の陽射しと共に高められてゆく。此処が隅の席で周囲に誰も居なくて良かった。そんなことを気にしている暇もなく、二人は再び唇をくっつけた。
「んっ、ふ」
音を立ててしまわないように小さな呼吸を繰り返す。バレたらきっと、出禁にされてしまうから。けれど、そんな背徳感さえ今は興奮を高めるための材料にしかならなくて、漏れてしまいそうな互いの息を飲み込むように口づけを交わした。思春期真っ只中の男子高校生に、気長などという文字は存在しない。一つ歯車が回り出したら全てが動き出してしまうのだ。太陽のように気長に賢く、着実な駆け引きなどできやしない。二人の首元に一滴の汗が伝う。そうして息が苦しくなってきたところでちう、と小さな音を立てて二人の唇が離れた。上気した頬と濡れた唇がやけに艶かしかった。
「シュウ、」
「わかってる、寮に戻ろう」
そう言うと、シュウは急いで勉強道具を片付けると、ルカの手を引いて歩き出した。まだまだ熱は引きそうにない。バッグの中に入れられた絵本の中で、北風が眩しく笑っていた。