oyama no souko.
なにものにも染まらないで
2022 / 09 / 06
騎士のふたり。
Luxiem CHIVALRY 2配信を見ると雰囲気が
わかるかもしれないです。
こんな世界でさえ、君は眩しい。
この汚れた世界の中に居る君の真っ白さを、僕の血で茜色に染めてしまうことをどうか許して欲しい。
酷い損傷をしたようで、もう一つも動かせない身体と朧気な意識の中で闇ノシュウはぼんやりと空を眺めていた。仰向けに倒れたその身体には重くて頑丈な鎧が纏わり付いている。いつの間にか外されていた、頭部を守っていたそれは何処かへ消えていて、茜色の空だけがやけに綺麗に見えた。
戦争をしている時代に産まれた。戦争をしている国に産まれた。その時点で自分がこうなることは決まっていたのかもしれない。勉強が大好きだった自分が、それをどれだけ頑張ろうとも苦い顔で笑っていた両親。自我も芽生え、少年という歳ではなくなった頃、体つきの良い逞しい同級生が順を追うように学校に来なくなった。それから戦争ということを学んだ。そして、自分がいずれその場所に赴くということも。けれど、勉強は辞めなかった。もし何か革命的なことが起きて戦争が終わって、徴兵されることがなくなるかもしれない。そのときを夢見て毎晩熱中して机に向かっていた。しかし、そんな時間は長く続かず、自分も齢十八になるちょうど一ヶ月前に伝令が来た。両親は泣いていた。その姿を見て自分はもう、此処に戻ってくることは叶わないのだと悟った。こんなことなら勉強などしなければ良かったと思った。戦況が良くないと、小耳に挟んでしまったから。
だから希望は一ミリも無かった筈なのに、シュウは希望に出会ってしまったのだ。名をルカ、という。正確な名前は知らない。私語は極力慎むように言われたからだ。出会いは輸送車の中だった。
『ねえ、お前××出身だろ?』
シュウの右隣に座っていた彼はそう話し掛けてきた。第一印象は、なんで今そんなことを聞くんだ、である。私語厳禁なこの場所で話し掛けてくるなんてどうかしている。それに、怒られたら自分にまで飛び火してしまうのだ。だから、その言葉を無視して黙っていると、彼はシュウの腕を掴んで揺さぶってきた。
『なあ、俺そこに両親と弟がいるんだ。戦争から帰って来られたら家族に会いに行きたいんだ』
そう言って嬉しそうに話す彼を見て、シュウは思わず言葉を溢した。魔が差したのだ。余りにも無知で、夢物語を語る彼のことが憎たらしく思えた。
『帰れなんてしないよ』
左隣に座った焦げた肌色の青年が小さく頷くのがわかった。きっとこの車に乗っている人間の中でそんなことを思っているのはシュウの右隣に座った金髪の彼だけだった。けれど、そんなことを意に返すこともなく、彼は喜々として言った。
『でも帰れないなんてこともないだろ』
俺の名前はルカって言うんだ。それが彼との出会いだった。
「ッ、シュウ!」
遠くでルカが自分の名前を呼ぶ声がする。遠のきそうな意識のまま、無理矢理首を動かすとルカが此方に向かって走ってきていた。彼の綺麗な金糸の髪は血と砂埃とで鈍く輝いてる。こんな汚れた世界で、未だ君はそんなにも光っていられるのか。流れ落ちる血を見ると、君だって決して小さな傷ではないはずなのに、どこにそんな体力が残っているのだろうか。近くまで来ると、がしゃんと重い鎧の音が聞こえた。その後に視界いっぱいに彼の顔が映る。なんて綺麗なのだろうと思った。この感情さえ伝えることはもう、叶わないというのに。
彼に対してこんな気持ちを抱くようになったのは一体いつからだろうか。あの出会いから、シュウは事ある毎にルカに付き纏われていた。結局あの後は二人で怒られてしまったし、最悪な感情しか抱かなかった。けれど、そんなことを気にもせずに、ルカはシュウにしつこく話し掛けてきた。その度にルカは、シュウとルカの家族が住むあの街の話を楽しそうに語った。何回とそれを繰り返していると、流石にシュウも呆れ始め大人しく聞き流すようになった頃、唐突にルカはシュウに問うた。
『シュウはさ、帰ったら何がしたい?』
『……僕は、勉強がしたい』
気がついたら、ぽつりと言葉を吐き出していた。あの日と同じだ。こんなの、話したって何になるというのか。どうせ叶いやしないのに。
『凄いね!じゃあ一緒に帰ろう!』
けれど、そう言って笑ったルカの顔が、寝ようと横になった後も酷く目の奥にこびりついて離れなくなっていた。そうだ、あの頃からだ。少しだけ生きていたいと思うようになったのは。それから、シュウが言葉を返す度に嬉しそうに返してくる彼のことを好ましく思うようになっていった。日中は血反吐を吐くような思いをしているのに、それでも何故そんなに笑っていられるのだろうか。憎たらしかったのは、彼が無知だったからではない、彼の眩しさがきっと羨ましかったから。何も知らないようでいて、彼はどうしたら自分が生き残れるのかを正確に理解していた。そこからはもう、空から星が落っこちてくるみたいに失くした筈の感情が現れて優しく心を包みこんだ。
それでも世界は残酷に、現実を突きつけてくる。自分はもうすぐ死ぬ。破れた肺から微かな呼吸音がひゅーひゅーと鼓膜を揺らしている。シュウ!と己の名を呼ぶルカの顔は悲しいのか苦しいのか、それすらもわからない。
「シュウ!一緒に帰るって約束しただろ!」
その言葉に応えたくて、声を出そうとしたら噎せてしまう。口から血が溢れる生温かい感触がした。
「やだよ、シュウ…やだよ、俺、」
今にも泣き出しそうなルカの顔すら朧気になっている。茜色の空が二人を包み込んで、轟々と煌めいていた。痛みすら感じなくなった身体の中で、懸命に掠れた声を何とか吐き出す。最期に君に伝えたいんだ。るか、呼ぶと頬にルカのかさついた指と雫の垂れる感触がした。
「なにものにも、染まらないで」
そう言ってシュウは目を閉じた。
「I LOVE YOU, SHU」
消えゆく意識の中で、ルカが微かにそう言ったような気がした。
.
声にできない、この切ない記憶は何だろう。己の心を奪って、目も逸らせないような優しい口づけを思い出す。もう一度君とこうすることができたなら良かったのに。
「……でさ、そのとき弟が俺の部屋に入ってきて言ったんだ。びっくりした?って」
「ふへへ、面白い弟くんだね」
「あいつはいつも調子だけは良いんだ」
ルカとだいぶ打ち解けて来た頃、もうすっかり皆が寝静まった夜に見張り用の火を挟んで向かい合うように座り、シュウとルカは話していた。テントより少し離れたこの場所はよっぽどのことがない限り誰かが来ることはない。交代が来るまでの二時間が二人に与えられた束の間の休息の時間だった。
「あ、のさ、ルカ」
「ん?なに」
異変?そう聞くルカに違うんだと声を続けて、そして少しだけ声に出すのを躊躇った。人の気配はしない。ただ、シュウの中でずっと気になっていたことを聞こうとして、そうしてやはり聞かない方が良かったかと躊躇ってしまったのだ。
「あ、えと、」
「なんだよ、ん?」
ここで誤魔化しても余計問い詰められそうな気がして、シュウは意を決してルカに向き合った。けれど、なかなか上手く言葉が出てこない。、
「あのさ、これを聞いても良いのかわからないんだけど、君はその、」
「うん?」
「えっと、別に君が嫌だったら答えなくてもいいんだ。それで、えっと」
「なんだよ!はっきり言ってよ」
ルカに急かされる勢いのまま、シュウは言葉を投げ掛けた。
「えっと、なんでルカだけ別のところにいたのかなって!……」
ほんとにそれだけなんだ、不快にさせたらごめん。そう言って謝ったシュウだったが、それとは裏腹に、ルカは顔色一つ変えずに答えた。
「あー、そのことか。えっとね、俺の住んでたところは人口があまり多くなくて。怪我とか病気とか関係なく徴兵されてたんだ。だから、家族の中で一人を残してそれ以外の人は別の街に移るようになった。俺の家族もそうだった、父親が病気でさ。兄さんも居たんだけど小さい頃に病気で亡くなって、俺と弟と両親で暮らしてきたんだ。でも、このままじゃ父さんが戦争に行ってしまって、でもそうなったら絶対に帰って来られないから。父さんはそれでも良いからって言ってたんだけど、俺は産まれてから風邪の一つも引かないくらい丈夫でさ。それなら俺が行くよって言ったんだ。もうすぐ戦争は終わる。だから、俺は絶対に帰ってくるからって、家族と約束したんだ……、シュウ?」
かっこつけちゃった、そう言って笑ったルカの顔を見て、シュウは思わずその身体を抱き締めていた。
「どうしたの、シュウ」
そう問い掛けながらシュウの背中に触れるルカの手は酷く優しくて、思わず涙が出そうになった。それをぐっと堪えて、ルカに向き合う。炎の光で照らされたルカの顔が己の目に眩しく映った。
「僕の両親も、僕の帰りを待っていてくれるかな」
「当たり前だろ!」
「うん、そうだといいな」
へへ、少しだけの笑みを溢してそう言うと、突然ルカに腕を引っ張られて、気が付いたときには唇に熱くて柔らかい感触がしていた。触れるだけの、小さな口づけ。閉じられたルカの睫毛が長いなあなんて呑気なことをぼんやりと考えていると、その瞼がゆっくりと開いて、それから少ししてその顔が急激に紅く染まり始めた。
「アッ!、あ」
「え、」
「いっ、いや、違うんだ、シュウ、えっと、これは」
「、ふは」
「あっ、はは、ははは」
「あはは!」
理由もわからず、なんだか面白くなってきて、シュウの声に釣られるようにしてルカも笑い出した。あの街に帰って、二人でこんな日々を過ごせたら幸せだと思った。
「…ゥ、シュウ!」
遠くでルカの呼ぶ声がする。深く沈んでいたはずの意識が徐々にはっきりとして視界が真っ暗闇から白い光へと変わってゆく。そうしてゆっくり瞼を開けると、最期に見た景色と似た光景が目の前に広がっていた。
「、る、か」
「シュウ!シュウ!」
そう叫びながら、ルカの目尻に堪っていた涙がぼろぼろと零れていた。嗚呼、君はあの時こんな顔をしていたのか。眩んだ視界では認知することが出来なかったから。覚醒し始めた意識の中で周囲を見渡すと、無機質な天井と自分が横たわっているのはどうやら病室のようで、よく見るとルカも薄手の入院着に身を包んでいる。
「、あ……」
「戦争が終わったんだよ、俺たち帰れるんだ。あの街に!」
どうやら自分が臥している間に戦争は終わっていたらしい。そうか、終わったのか。そう言いたかったけれど、身体中がどこもかしこも痛くて涙が出そうだった。けれど、それ以上にこうして生きていたこと、ルカも自分も故郷に帰ることが出来る。そのことが何よりも嬉しくて、熱い涙が頬を伝った。
「ぁ、それでさ、シュウ」
「…?」
そんなシュウに少しだけ照れたルカが言う。
「最後に俺が言ったこと、聞こえてた?」
上目がちにそう問い掛けてきたルカに、シュウは回転率の悪い頭の中で必死に記憶を引っ張り出した。
『I LOVE YOU, SHU』
「I LOVE YOU TOO, LUCA」
「ッ!シュウ!」
嬉しそうに涙を流しながら二人で笑い合った。沢山流れた血のような茜色に染まった空は、いつの間にか真っ青な快晴へと姿を変えていた。