oyama no souko.
罪と駅
2022 / 07 / 18
今回はルカにべしょべしょに泣いてもらいました。
どこにいたって、僕らは。
僕は罪人だ。
夏になると君のその笑った顔を思い出す、なんてことはなく、でも、忙しい日々の中で君を思い出すことは毎日と言っても過言ではなくて。つまり、どれだけ忙しくってもふと身体を休めて高層ビルのオフィスから景色を眺めたときや、帰りにスーパーに寄った時だとか、そんな日々の微かな瞬間に君を思い出すんだ。一分一秒だって忘れたことはない、って大げさな言葉を言うわけじゃないけれど、忘れたくてもきっと、あの夏の日によく焼けた君を抱き締めてキスをした別れの日を忘れられないんだ。
ねえ、君は僕との日々をどれくらい覚えているかな。新しいことに目移りする君だからきっと今朝食べたいちごジャムの塗られたトーストとミルクのことなんて覚えていないかもしれないね。プリングルスのチェダーチーズ味ほど特別に想っていなくても良いから、せめて三年間一緒に過ごしたことだけは覚えていて欲しいな。そういう僕はどれほど覚えているかって?全ては無理かもしれないけれど、記憶力は良い方だから自信はあるよ。ああでもこれは、君限定だと思う。確かめたことなんてないからわからないけれど。ああ、恥ずかしいな、君が僕を好きになってくれるずっと前から僕は君のことが好きだったんだ。君と恋人になったのはここ一週間くらいの話だろう。僕は一年生の時から君のことが好きだったんだ。そんな素振り無かったって?それなら良かった。だって君には隠していたから。君に伝える気も無かったからずっと、心の中でひた隠しにしていたんだ。アイクとヴォックスは知っていたんじゃないかな。アイクに直接聞かれたことないけれど、なんとなく視線でバレているなとは思っていたよ。それに、ヴォックスには卒業式の少し前に「伝えなくて良いのか」って聞かれちゃったしね。ミスタは気が付いていなかったみたいだけれど、少しの違和感くらいはあったんじゃないかな、僕は君にはそりゃあもう全力で隠していたつもりだけれど他の人には分かり易かったんじゃないかなって思ってる。だから最後の最後まで全く気が付かないのは君だけで、っていうかそれで良かったんだけどまさか卒業式の日に僕のことが好きだなんて大きな声で、皆が居る前で叫ぶもんだから僕はもう、本当にびっくりしちゃったってわけ。嬉しいよりも人生終わったなって絶望の気持ちが先に来たよ。あんな経験は二度としたくないくらい。それだけ驚きと喜びと疑問と羞恥が一度に来た事なんてなかった。僕をこんな風な気持ちにさせるのはルカ、君だけだよ。
「ねえルカ、そんなに泣かれると僕行けないんだけど」
ずびずびと鼻水を垂らしながら目元をべしょべしょにしているルカの頭を笑いながら撫でた。その日は二人とも通い慣れたその街を離れる日だった。駅のホームでもうすぐ来る電車を二人で待っていた。僕の方が先に出ることになっていて、ルカは起きたときからずっとべそべそと泣いていた。朝ご飯を食べるときも、寮を出るときも、駅に着いてからもずっと、僕の顔を見る度に涙を溢すもんだから一体その身体のどこにそんな量の涙が入っているのって、泣いたら前が見えないでしょってハンカチで拭いたりティッシュで鼻をかんでやったりと大変だった。僕の手に握られたハンカチはもう絞れるんじゃないかってくらい濡れていて、そんな感触が少しだけ嬉しくてふふ、と笑っていた。
「わかんないけど止まらないんだよっ!俺だって笑ってバイバイしたいのに!」
そう言うと目尻にまた、じわりと涙を溜めた。ああもう興奮したら余計に涙が出てしまうよ。君が僕との別れを惜しんでくれて、こうやって泣いてくれることが僕はどれだけ嬉しかったのか、ちゃんと伝えたかったよ。でも君があんまりにも泣くからそれどころじゃなくて、結局伝えそびれてしまったんだ。でも、これだけは伝えたかったから。
「ねえルカ、ルカ。こっち見て、僕の瞳を見て」
そう言って湿った皮膚を包んで僕の方を向かせると、深い紫色が滲みながらもこちらを向いた。涙は今だけ我慢してって言ったら唇をぎゅって噛んで必死に堪えていて、そんな君がどうしようもなく可愛く見えて思わずその身体を抱き締めてその唇に口づけてしまったんだ。少ししょっぱかったのは涙のせいだと思いたい。驚いてまぬけな顔をしたルカに吹き出してしまいそうなのをぐっと堪えて口を開いた。あの顔もたまに思い出し笑いしちゃうから仕事で困るんだ。
「かわいいね」
あ、間違えた。今言いたいのはこれじゃない。
「約束だよ。必ず君に会いに行くから」
そんな僕の間違いにも気が付かない君にもう一度だけキスをしてお互いのおでこをコツンと合わせた。そのとき、電車の到着を告げるアナウンスが流れて、それと同時に風がふわりと二人の髪を揺らした。乗り込んだ電車の中で僕の目が滲んでいたことはバレていた気がする。
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「なんで俺がシュウのこと好きだって気が付かないんだよ」
俺のこと一番近くで見てたくせに。そう口を尖らせながら僕の膝の上に頭を乗せて寝転んでいたルカの髪を撫でる。
「ルカだって僕がルカのこと好きなの気が付かなかったでしょ」
「それはシュウが隠してたからだろ!俺は隠してなかった」
「だってまさかルカがそうなるだなんて思ってもみなかったんだよ」
僕がそう言うと尚更頬を膨らませてむう、と唸る。そんな顔で見上げられたら堪えられなくなってしまうよ。
「あの時ルカが伝えてくれて嬉しかったよ。じゃなきゃ今こんなに幸せになれていなかっただろうから」
「もっと俺に感謝して」
「はいはい」
ちゅ、とキスをすると納得いかなそうな顔をして、それでもその唇を受け入れてくれた。何度も何度も君を思い出して、その度に君を好きになった。自分が欲深い人間になっていくのさえ、今はもう幸せなことだと思えるようになった。あの日君と交わしたキスの味を今でも覚えている。二人で坂道を笑いながら下ったことも、綺麗な夕焼けを見たことも。これからも二人でそんな景色を見ていたいんだ。僕は世界一傲慢で、幸せな男だったんだ。