oyama no souko.
羊を数えて
2023 / 03 / 06
旅する青年たち。
花の名前を数えるとき、僕らは旅に出る。
花の名前を数えるのは、僕らが歳を取ったという証拠で、つまり年を取るたびに僕らは旅をするということだ。4月10日から5月2日まで、少し長めの休暇を取って一ヶ月弱もの間僕らは世界中を旅する。毎回どこに行くか、それだけをぼんやりと決めておいて、あとは一番初めの飛行機以外、チケットは取らない。現金は怖いからなるべくキャッシュカードやスマホ決済にして、それらは移動中も寝るときだって大事に抱えて肌身離さず守っておく。別に盗られたって僕の呪術を使えばどうにでもなるけれど、僕らの目的に反してしまうから極力使わない。僕らの旅の目的は、僕らが人間のかたちを保っておくためのものだ。未だ見ぬ世界をこの目に直接映して、そのまばゆさに目を細めるもの。整備されていないガタガタの道を通って気持ち悪くなって吐くのも、一日中待った電車がとうとう来なかったことも、喜怒哀楽全てを感じるために、僕らは旅をしている。
今年もまたそんな休暇を過ごす日になって、滞在先のベッドの中でふたり、丸くなっていた。そんなふたりの間にはきちんと貴重品が抱えられてある。
「今日見た教会、綺麗なステンドグラスだったね」
「うん」
「俺、あんなに綺麗なの見たことないかも」
そう言って嬉しそうに話すルカの顔を眺める。間接照明に反射したルカの瞳がきらきらと煌めき、少し萎れた髪の毛に指を通すと、嬉しそうに笑った。
「明日はどうしようか」
「あー、市場に行きたいな。シュウは?」
「僕は舟に乗りたいな」
「シュウ、この前酔って吐いてたじゃん。大丈夫なの」
「あの時は一日中移動で疲れてたんだよ。今回は大丈夫。たぶん」
たぶんなんだ。わは、と笑ってルカが僕に抱き着く。大型犬みたいに飛びつかれるのにももう慣れた。ふたりの間に仕舞い込んだ貴重品を上手く躱して、僕からもルカに手を回す。あまり大きくないベッドも、こうして眠る僕らにはちょうど良かった。
「夢を見たんだ」
「なんの」
「シュウが死んじゃう夢」
「えっ」
ルカの言葉に、思わず声が出る。あんまり大きい声出しちゃだめだよ、ってルカに咎められたけどそれを君が言うのか。
「知りたい?」
そう聞いてきたルカがじっとこちらを見つめて、にやりと笑っている。この顔はルカが僕に悪戯を仕掛けてくるときと同じだ。良くない気はしたけれど、それよりも夢の内容が気になったのでしょうがなく僕はうん、と頷いた。ルカは続けて口を開いた。
「俺たちは同じ国にいて、兵士だったんだよ。だから戦争があると敵と戦って、でも俺たちの国は強かったから、負けることなんてほとんど無くてさ。でも、そうやって強くなった俺たちの国に、他の国々が手を組んで俺たちに攻撃してきたんだ。そしたらもう、俺たちは一気に負けちゃって、撤退しなきゃってときにシュウが敵に討たれたんだよ。俺はすぐシュウに駆け寄って、何度も名前を呼んだんだけどシュウは俺に一言だけ遺して死んじゃったんだ。ねえ、なんて言ったと思う?」
シリアスな展開から、いきなりクイズ番組へと変わる。僕がこれから死にますってときになんて言ったかって?それを本人に聞くなんて状況が今まであっただろうか。にやにやと笑いながら尋ねるルカにうんざりしながら、それでも一応の体裁で考えてみる。そうだな、僕が死ぬときに言うとしたら。
「君を愛しているよ、とか」
「ぶっぶー。シュウはそんな感動的な死に方しないでしょ」
感動的な死に方をしないなんて、失礼な奴だな。僕だってタイタニックみたいに感動的な皆が涙を流すような死に方したって良いだろ。
「じゃあ、納豆まだあったっけ、とか」
「ぶっぶー。死に際にそんなふざけたこと言っちゃだめだよ」
なんなんだ一体。君が感動的じゃないって言ったからこっちだと思って言ったんじゃないか。悔しくてルカの頬を抓ると、いひゃい、と言って笑った。
「教えてよ」
「えー」
「教えて」
「いひゃいいひゃい、わはった!」
教えるよ、そう言ってルカが観念したように僕の手を叩いた。虐めないで、と上目遣いで言われたけれど先にしてきたのは君じゃないかと顔を背けてその可愛らしい顔は見ないことにした。正解はね、とルカが言う。
「もっと見たかった、だよ」
シュウは何をもっと見ていたかったの。今度はルカにそう返されて、僕の動きが止まった。ついでに思考までも止まってしまった僕の頬に、ルカが優しくキスをした。
「シュウが何を見たかったのかわからないけどさ、今こうして世界中色んなところを旅して色んな景色を見られているから、あの夢の中のシュウも喜んでいるんじゃないかなって思うよ」
明日もたくさん色んな景色見られると良いね。そう言ってルカは眠りに就いた。静かな寝息を聞き、安らかな寝顔を見ながら僕も目を閉じる。薄れゆく意識の中で、先程ルカの言った自分の最期の言葉が頭を過ぎっていた。
きっと見ていたかったのは景色だけではない。戦時中の、生きるか死ぬかもわからない状況でその言葉を発したなら、僕は君を見ていたかったのではないかと思うのだ。きっと今と何一つ変わらない、金色に輝く髪を靡かせて太陽のように笑う君の、その顔をただただずっと眺めていたかったのではないだろうか。僕にだって僕のことを知る由もない。けれど今、夢のような毎日を生きる僕らが見る景色はどんなに綺麗なのだろうか。明日、僕らは市場へ行って舟に乗る。その後は何をしよう。どんな景色を見て、どんな感情を抱えて、どんな君を見るのだろうか。
夢を見る僕ら。その夢は一体、どんなかたちをしているのだろう。