oyama no souko.
I can't get over you
2022 / 12 / 03
高校卒業と共に離れたふたりが数年後に再会する話
それぞれの視点で話が進みます
それは過去だったのに
今日もなんでもない一日が始まる。なんでもないというのは悪い意味ではなくて、平穏で安定しているということだ。自分のペースを乱されるのがあまり得意でない僕にとってこのなんでもない、とはとても有り難いことでもある。
「シュウくん」
呼ばれた方を振り返ると、胸くらいまであるブロンドの髪の毛を後ろで縛り黒縁眼鏡のそばかすが可愛らしい女の子がこちらに軽く小走りしてくるのが見えた。この子は同じゼミの子で、偶々同じ作家の本を読んでいたことがきっかけで仲良くなった。頻繁にとは言わないけれど、週末に小説が原作の気になる映画を観に行ったりゼミ終わりにご飯を食べに行ったりとその程度の仲だ。その程度、とはいえ恐らく普通の大学生ならばこの先があっていつか自分もそうなるのではないかと思う反面、どうも恋だの愛だのが面倒でなかなか踏み込めずにいた。彼女といるのは心地が良い。少し遠慮がちな態度が少しだけ付き合いづらいけれど、そこも含めて僕たちは着実に関係性を深めていっていた。
「おはよう、ゼミは午後からじゃなかったっけ」
「おはよう、そうなんだけど早めに行って資料とか整理しておこうと思って」
「そうなんだ、偉いね」
「えへへ、それでさ、もし良かったらお昼一緒に食べない?」
上目かちにそう問い掛ける控えめな子、少しあどけない笑顔が可愛いらしいとも思う。
「いいよ」
「やったぁ、じゃあお昼にね」
そう言って到着したゼミ室で各々の席に座る。取り出したスマホの画面がタイミング良く光って、メッセージアプリの通知を知らせた。どうやら今日はサークルで飲み会があるらしい。人数が足りなくて、人数合わせでヤミノも来てくれないかと両手を合わせて頭を下げるスタンプとともにメッセージを送ってきたその友人を、どうも無碍にできなくて僕は良いよ、と返事をした。お昼は彼女と同じくらい控えめにしておいた。
久しぶりのお酒で、どうやら酔ってしまったようだ。頭の中がガンガンと鳴り響き、痛む額を抱え込むように右手で覆った。水を飲むのを忘れてしまったのもあるし久しぶりだったからペース配分を忘れてしまったのもある。トイレで覗き込んだ自分の顔はいつもよりも更に青ざめて白々としていた。そろそろ時間も良い頃合いだろう、最後の力を振り絞って僕は未だ賑やかしい店内へと戻った。
「じゃあな、今日は来てくれてありがとう。めちゃくちゃ助かった!」
そう言って昼前のスタンプと同じ格好をして右腕に女の子を携えた友人が振り返る。相変わらずずきずきと頭は痛かったが無理矢理口角を上げて手を振り返し誰も持ち帰らないまま帰路へと着いた。女の子と話すのは苦ではない。姉と妹に挟まれて生きてきたから自然と女の子の扱い方には慣れていたし、実際好意を寄せられたことは何度かある。けれど、女の子の扱いがわかるというのは同時にそれらの躱し方だって知っているということだ。肌を擦り寄せてきた彼女をやんわりと他の男性に向くようにしたり少しだけ嘘を吐いてもう相手が居るのだと言ってみたり。お持ち帰りしたことがあるかは黙っておこうか。そういうわけで、胃の辺りに鈍い気持ち悪さを抱えたまま、僕は夜風に当てられながら帰ろうと足を踏み出した。そのとき。通りかかった店の前、僕らと同じくらいの年代で男女構成も同じくらい、いわば合コンの帰りに遭遇した。複数人の男女が仲よさげにそれぞれのこれからについて行動を移そうかというところ。僕だって先程まで似たようなところにいたというのに、急にその集団が眩しく見えて、店内から漏れ出た明かりからも目を逸らすように早足でその場を去ろうとした。よく見知った声を聞くまでは。
「シュウ?」
思わず上げた視線の先、男女の中心にいた彼は唐突に僕の名前を呼んだ。
~
「、ルカ」
「やっぱりシュウだ!」
久しぶり、そう言って俺はそれまでいた輪の中心から外れシュウの方へと駆け寄った。どこに行くんだよ、と投げかけられた言葉にまた今度ね!と叫び返してシュウの方を振り返る。
「久しぶりだね」
「うん、久しぶり」
「元気だった?」
「元気だったよ、ルカの方はって、見なくてもわかるね」
シュウにそう言われて、もう居なくなった仲間達を誤魔化すように二、三度頭を振ってからまあね、と返した。よりにもよってシュウに見られるなんて、と思ってしまったのだ。けれど、シュウがこの、いわゆる男女の交流の場として使われるバーやクラブの多いエリアにいるということはつまりシュウもそういう集まりがあったわけで。なんとなくシュウもここで友達とご飯食べてたのなんて白々しく聞いてみれば、うん、なんて当たり障りのない返事が返ってきた。よく見るとその顔は少しだけ青ざめていて、もしかしたら体調が悪いのかもとその顔を覗き込む。秋の夜風が少しだけ冷たかった。
「シュウ、もしかして体調悪いの?」
「あー、うん。ちょっと悪酔いしちゃって」
「じゃあ俺んちで少し休んでいかない?ここから直ぐなんだ」
そのときは本当に何の気なしに、久しぶりに会ったシュウの体調を気遣ってそれでも久しぶりに会った級友ともっと話がしたくて彼を誘ったのだ。俺のその言葉にシュウは一瞬躊躇って、でも少しだけ不器用に笑うとお邪魔しようかな、と言ってコートのポケットに手を差し入れた。
あれは高校三年生の、ちょうど今くらいの時期だった。シュウと俺はそれなりに仲が良くて、昼休みには一緒に、誰も来ない西階段の奥でよくお昼ご飯を食べては駄弁ったりしていた。元々所属していたグループが違った俺たちは、何がきっかけだったかは思い出せないけれどいつの間にか話すようになって、それからこんな風に二人で居ることが多くなった。シュウの隣は心地が良い。賑やかな友人が多い俺にとってシュウの存在は心が安らぐような存在で、でもノリも良くて話していて飽きることがない。俺が冗談を言っても笑ってくれるし悪戯を仕掛けてもちゃんとやり返してくれる。気まぐれで怒ったりしないし汚い言葉だって言わない。何度か言いかけているのを耳にして揶揄ったけれど、それすらも楽しい思い出だった。それは帰り道のこと。補習の詰まりきった一日をなんとか乗り越えて二人で帰り道を歩いているところだった。午後六時ともなればすっかり日も暮れて先の受験を急かすように夜の訪れを告げてくる。そんな肌寒い道を歩きながら、俺たちは今日の補習内容やその他学校のことについて話していた。
「試験まで時間がないよ」
「大丈夫だよ、ルカなら」
「それはシュウだろ。もうすぐ推薦でしょ」
「うん」
「おれ心の中で祈ってるから。シュウが受かりますようにって」
「はは、ありがとう」
「本気だよ」
「ねえ、ルカ」
「ん?」
「月が、綺麗ですね」
シュウが唐突に夜空を見上げて言った。視線の先に目を遣ると、綺麗な三日月がぴかぴかと空に煌めいて浮かんでいた。
「ん、うん。綺麗だねって何で敬語?」
「んはは、そうだね、綺麗だなって思ったから」
話はそこで終わってしまって、そう言えば明日の小テストは、と話が逸れてしまったからずっと忘れていたのだった。あの時のシュウの顔が少しだけ不器用に笑っていたことも、それがずっと頭の片隅に残っていたことも何故か覚えいて、でも俺はシュウがそう言ったことをすっかり忘れていたのだった。
その言葉の意味を知ったのは、それから俺たちが卒業した翌年のことだった。きっかけは些細なもので、テレビかなんかでやっていたのを目にしたのだ。まさか、と思いたかったけれどあの時のシュウの顔と俺たちの関係を見てそんな訳がないと、いくら鈍いと言われている俺でもそんなことはないと思えるくらいに、その言葉はまさしくその意味を持って発されていたのだと気が付いた。しかし、俺がそのことに気付くのは余りにも遅すぎていた。俺とシュウは互いに連絡先も知らなかったし、受験してまもなくシュウは転校してしまったから、その後のことを知る術はなくて。無理矢理にでも探そうと思えば出来なくもなかったけれど、それをするのも何だか気が引けてそうこうしているうちに俺は大学生になって今に至る。
部屋に着くと、シュウをソファに座るように促して俺は冷蔵庫から水の入ったペットボトルを一本持って行った。
「はい、これ飲んで」
「ありがとう、ルカ」
そう言ってシュウは俺の手から受け取ったペットボトルの蓋を開けると、ゴクゴクと飲み始めた。上下する喉がやけに色っぽくて思わず目を伏せた。あれから四年、シュウは随分大人っぽくなったと思う。伏せられた控えめな目元はそれでも大きく、相変わらずの髪の毛は少しだけ襟足が伸びて胸元辺りにまで伸びていた。高校生の時より逞しくなった肩に妙にドキドキして目を合わせることができない。純粋にかっこよくなったと思ったのだ。
「ルカはさ、」
「えっ、なに」
突然口を開いたシュウにびくりと肩が跳ね、不審な態度を取ってしまう。慌ててシュウを見ると目元を右手で覆って天井を向いていた。動揺した姿を見られていなくて少しだけホッとする。
「かっこよくなったね」
「そ、んなの」
シュウも同じだよ、その言葉が上手く出てこなくて喉元に引っ掛かる。シュウは詰まった俺を見るように覆っていた手を退かした。俺と会わないうちにシュウはとてもかっこよくなった。きっと可愛い子たちから何回も告白されたに違いない。付き合ったことだってあるかもしれない。そもそも高校生のときからシュウは誰にでも優しくてかっこよかったのだ。シュウはどんな顔でその子の名前を呼ぶんだろう。どんな顔でその唇に触れるのだろう。浅はかな感情に気が付いて仕舞ったときにはもう、遅かった。
「月が、綺麗ですね」
「え、」
シュウの目がいつもより更に大きく開かれていくのがわかった。まるで走馬灯のように、ひどくゆっくり流れていくその光景が目の裏を焦がす。心臓がひどく五月蠅くて、自分の耳の中にまで木霊していた。お酒を飲んだときの何倍も顔が熱くて、身体全体がずくりと熱を持っていく。
「高三のとき、帰り道でシュウ言ったよね」
シュウは何も返さない。
「俺、卒業した後にやっとその意味を知ったんだ」
みるみるシュウの顔が曇って青ざめていくのが見て取れた。まるで過ちを犯してしまった子どものように。
違う、違うんだよシュウ。
「あ、」
ごめん。シュウがそう言う前に俺はシュウの震える手を握って言った。
「シュウ、今はもう、そうじゃなくて良いから、一度で良いから」
俺を抱いて。俺の声もひどく震えていた。それから、青ざめていたシュウの顔が、目が更に大きくなって俺の名前を情けなく呼んだ。
「るか、」
もう一度、縋るようにシュウの名前を呼べばシュウが俺の腕を引っ張ってそれから視界が暗くなった。
~
同じ作家を読んでいたって、あの時の衝動に比べればちっぽけなものにすぎなかった。僕はがちり、と歯がかち合うのも無視してルカのその潤んだ唇に口づけた。
「んっ、ふ、ぅ」
「ちゅ、は、ぅん、は」
荒い息遣いが部屋に響いて熱を増していく。どうしてルカの唇を今貪っているんだっけ。嗚呼、そうだ、ルカが僕の手を握って名を呼んだからだった。
久しぶりに見るルカの姿は高校時代よりも精悍でそれでいて爽やかで、太陽のようなところは相変わらずで、一度燻っていた筈の心に火が付くのは容易かった。月日が経つと共に古い瘡蓋のように厚くなっていった僕の皮膚はルカの家に招かれるまではきちんと機能していて。部屋のライトに照らされて水を取りに行く彼を見ているとその成長した身体がやけに目についてしまった。シャツの上からでもわかる、上半身の筋肉は僕なんかより何倍もその身体に似合っていて、少し伸びた髪はやっぱりサイドで結ばれていて、その愛らしさとかっこよさがせっかく治ったはずの瘡蓋をぴりぴりと破いていくようだった。水を受け取ってそれを口に含むと、僕から目線を逸らしたルカの耳が少しだけ紅く染まっていて不意にどきりとしてしまった。それを誤魔化すように天を仰ぐと、その口から自然と言葉が漏れた。かっこよくなったね。僕の言葉に反射で反応したかと思えばすぐに言葉を詰まらせて、なんて言おうとしたのかとその顔を見る。そうして僕はその次にルカから発せられた言葉にただただ驚くしかなかったのだ。剥がれた瘡蓋、剥き出しになった皮膚から真っ赤な血がぼたりと零れ落ちた。
「しゅう、んっ、ぁ、ふ」
鼻から漏れた息がもの凄く色っぽくて、高校時代にはそんなこと意識するまでもなかったのに、いつこんな風になったのだろう。僕とルカが交わらない数年間の間に、ルカは何を経験したのだろう。耳を撫でるとルカが気持ちよさそうに鳴いた。
「あっ、んん」
突然、机の上に置かれたルカのスマートフォンが唐突に鳴り響く。聞き慣れた着信音が空気を震わせた。現実に引き戻されそうになりながらも離した唇が触れ合うかギリギリのところで燻った熱を浮かせた。
「っは、誰」
「多分さっきいた子、連絡先聞かれたんだ」
ルカはスマホに触る気配すら見せない。
「いいの」
「どうでもいいよ」
そう言ってルカが僕の首に手を回した。相変わらず鳴り響く着信音を無視して僕たちはひたすらお互いの唇を貪り合った。現実に引き戻される前に僕たちは再び二人だけの世界に溶け込んだ。茹だる脳裏で消えた着信音の先を思った。きっとルカと良い雰囲気になった子だったのだろう。その先もルカと過ごしたくて、でもルカは昔の友人と出会ってしまってそちらを優先してしまったから。電話に出ないルカに愛想を尽かして別の男の元へ行くかもしれない。それで良いと思った。この時間を邪魔されるくらいなら女の子一人逃したって構いやしない。きっと一度きりのものなのだから。暫くキスをしてからちう、と音を立てて唇を離す。頭の痛みも胃の気持ち悪さもすっかりどこかへ飛んでいってしまって、僕の頭の中はルカでいっぱいだった。ふと視線を下げると、二人のボトムを窮屈そうに押し上げるそれらが見えた。ゴムもローションもルカの家ならある気がした。
「ルカ、寝室に行こう」
「うん」
そう言って僕たちはルカの家の寝室へと向かった。
~
しゅう、しゅう。拙い声で何度も名前を呼んだ気がする。お尻の穴は痛くて腰も痛くて涙が止まらなかったけれど、それでもシュウは丁寧に俺を抱き締めて安心させてくれて、それからごめんって言って俺の中に入り込んできた。あんなにも熱くて大きいのかと終わってしまった今、実感する。そのときは痛みと嬉しさと切なさで胸が苦しくて、思わず掴んだシュウの腕が優しく俺を宥めたのがやけにいじらしかった。月が綺麗だね、シュウが俺に言ったその言葉の意味を、当時の俺は知らなかったんだ。でも、今ならわかるよ。わかった上で、俺はシュウに抱かれたいと思ったんだ。一度で良いから、もう遅いかもしれない、すっかり大人になってしまった俺たちに先はないかもしれない。あの時関係を深めていたらなんて、たらればの話で。変に歳を重ねてしまった俺らはその手を握るのも躊躇ってしまう。昨晩俺を掻き抱いたシュウの体温は全然冷めてなんかいなくて。二人で永久機関みたいに燃え上がる熱情のままただただ身体を重ねた。
すっかり昇った朝陽で目が覚めてぱちりと瞼を開ける。もぞりと寝返りを打つと隣には昨晩泣き縋り付いたシュウの健やかな寝顔があって、おもわずわあ!と間抜けな声を上げてしまった。しまった、と思うも既に遅く、俺のその声にぴくりとシュウの肩が動いてそうしてゆっくりと瞼が開けられた。
「んう、おはよう」
「お、おはよ、シュウ」
「そんなに大声出してどうしたの」
「い、いや、えっと、」
しどろもどろになって目が泳ぐ俺に、段々目の冴えてきたシュウが俺のそれとばちりと合わさって捕らえる。
「からだは、だいじょうぶ?」
「う、うん」
「それならよかった」
もう少ししたら帰るね。そう言ったシュウの言葉にそれまでバクバクと動いていた俺の心臓は急に静かになって、妙に拍子抜けしてしまった。
「え、」
むくりと起き上がったシュウの身体には俺と同じように何も身につけられていなくて、そのことに少しどきりとしたけれど、シュウは余りにも整然としていたからそれどころではなくなってしまった。しかし、シュウがそんな態度を取る理由を直ぐに続けられた言葉から理解してしまった。まだ目覚めたばかりなのにすっかり脳みそは醒めている。
「昨日は無理させちゃってごめんね。もうこんなことは無いと思うし、ルカもこんな風に誰かを誘うのはあんまり良くないと思う。久しぶりに話せて良かった。僕はもう行くよ」
「なっ、」
固まる俺を無視して、ベッドに落ちた衣服に手をかけ始めたシュウ。俺は頭の中が混乱していて、でも一番先に出てきた感情は怒りだった。思わず放った言葉の勢いのまま、俺は叫んでいた。
「シュウ以外の人にこんなことするわけないだろ!」
ばか!シュウのばか、なんでそんなこと言うんだよ。俺だってシュウに会えて嬉しかったよ。でもその先を強請ったのは、シュウだったから、あの時シュウが俺にああ言ったから。高校生の時、俺の中にも確かに淡い桜色の感情はあってでもそれを形にすることはなくて、ただ居心地の良さに浸かっていただけだったけれど、シュウがあの言葉を俺に掛けてあの憂いじみた顔をしたから俺はこの感情が何だったのかを理解することができて。でももうシュウは過去になってしまったから諦めるしかなくて、忘れるしかなくて。でも、昨日またシュウと再会して、そしたらもうあの時の感情を抑えきれなかったんだよ。たった一度で良いからって思ってシュウはそれに応えてくれたはずなのに、なんでそういうこと言うんだよ。
溢れるように口から出た言葉たちをシュウは黙って聞いていて、俺はなんだか泣きそうになって必死に堪えて鼻を啜った。
「気持ち悪く、なかったの」
あの言葉の意味を知ったとき。シュウがぽつりと言った。あの時と同じ、不器用に笑っていた。俺はその頼りない声に被せるようにして言葉を続けた。
「気持ち悪くなんてなかったよ。むしろ嬉しかったんだ」
ずい、と身体を近づけるとびくりと跳ねてシュウが離れたから、それが少し悲しくて、でもここでシュウを逃したらもう一生、会える気がしなくて俺は再びその手に触れた。
「ねえ、シュウ?」
「っ、」
「月が、綺麗ですね」
今度は俺から言うよ。俺はもう、心の準備は出来ているから。シュウはこの四年間、どうだったの。一度きりで良いなんて思えないよ、俺たちは再び出会ってしまったんだから。
俺の問いかけに、シュウが顔を上げた。その顔はやっぱり不器用で憂いを帯びていて、けれどどこか諦めたような降参するような清々しさがあった。
「…ずっと前から月は綺麗だったよ」
握り返された手と合わさった目の奥で、あの日見た三日月がぴかぴかと輝いていた。