oyama no souko.
皐月色を焚べる
2022 / 09 / 10
word palette May
皐月「煌めき」「鬱金香」「窓」
すれ違いのように見せかけて最大級ののろけ。
ちゃんと俺のことみてよ。
ルカは贈り物が嫌いらしい。何処の誰が言った言葉かまでは正確に聞き取れなかったけれど、確かにシュウの耳にはそう聞こえていた。
「……はぁ」
全く、こんなものを鞄に忍び込ませながらそんなことを聞くなんて、本当に運が悪い。重々しく溜息を吐いて、河原から見える景色に視線を見遣った。街中に生えている木々は青々と茂り始め、春が過ぎ去り夏への準備を着々と進めているようだった。
今日はシュウとルカが付き合い始めてちょうど一ヶ月が経った日だった。先月、ルカの誕生日である四月十日に告白をして、無事に付き合い始めたのも束の間、シュウは今朝同じクラスの誰かがそう言っているのを聞いた。正確には聞いたというより聞こえたと言った方が正しいのだろうが、シュウの耳に入っている時点でそんなものは些細なことである。贈り物が嫌いだと、彼自身の口から聞いたことはなかった。否、付き合い始める前も付き合い始めた後も互いに贈り物をした記憶がないので聞く機会が無かっただけなのだろうけれど。しかし、気になるのはその理由だ。ルカは自分のことをよく邪悪で意地悪なんだぞ、と指先を丸めライオンのようなポーズで脅してくることがあるが(可愛いだけであることに本人は恐らく気が付いていない)、本当は心優しくて困っている人を放っておけないような人だ。
シュウはルカの底抜けの明るさと優しさが大好きだった。だから、そんなルカが贈り物を嫌うなんて意外だと思った。きっと彼の喜ぶようなものをあげたら、眩しいほどの笑顔でありがとうなんて言ってくれるだろうと思っていたのだ、だからシュウは今日この日のために、早起きをして滅多に入らないお花屋さんでチューリップの花束を買って鞄に忍び込ませてきたのだ。待ち時間に見ていた窓の外の景色は綺麗だったのに。しかし、朝一でルカに渡そうと思っていたそれは、誰かの言葉のせいで結局鞄に仕舞い込まれたまま、放課後の今まで出さずじまいだった。いくら考えてもルカが贈り物を嫌う理由なんて、返すのが面倒だとか、嫌いなものを渡されたとか、そんなことくらいにしか思えなくて、じゃあ一方的に彼の好きなものをあげれば良いじゃないかなんて思ったりもしたけれど、今時花なんて男から男に渡されて嬉しいのだろうかだとか、そんなことを考え始めてしまったらもうだめで、段々そんな臆病な自分にも嫌気が差してきて、放課を告げるチャイムと共に足早に校舎を後にしてきたのだった。
がさり、と鞄の中に入り込んでいた花束を取り出す。黄色い鬱金香の花が三つ。花びらの色と同じ薄黄色のラッピングペーパーで包まれたそれには持ち手に紫色のリボンがあしらわれている。朝から半日鞄の中にあったそれは、少しだけくたびれていて貧相に見え、余計に気分が沈み込んでいくようだった。この花は家に持って帰って、適当に嘘を吐いて母親へのプレゼントにしよう。ちょっと恥ずかしいけれど、姉たちに少し揶揄われるくらいだ。本当はルカにこれを渡して、放課後は一緒に帰りながらお揃いのなんかを買ったり映画を見たりどちらかの家に行ってゆっくりしたりなんかがしたかったのに。そう考えると、沈みゆく太陽と共に自分も酷く落ち込んでしまう気がして、そんな気持ちを振り払うかのようにそろそろ帰ろうかと重い腰を上げた。そのときだった。
「シュウ!」
突然後ろの方から己の名を呼ぶ声がして振り返ると、息を切らしながらこちらに向かい走ってくるルカの姿があった。どうやらシュウを追って学校から走ってきたらしい。シュウは慌ててその手に持っていた花束を背中に手を回すようにして隠した。
「もう、なんで先に帰っちゃうんだよ」
「ご、ごめんね」
「今日は一緒に帰れると思ったのに……」
そう言って頬を膨らませたルカの視線が、シュウの腕あたりを捉える。
「来るとき黄色いものが見えた気がしたんだけど、なんか持ってるの?」
「いや、何もないよ。帰ろう」
遠くからだったおかげで何かはわからなかったみたいだが、見えてはいたようだ。バレないように早く帰ろう、そう思い素早く鞄にそれを忍び込ませるため左右の手で持ち替えようとした瞬間、それはシュウの指を離れ、地面にがさりと落ちた。柄にもなく焦ってしまったせいだろう、落下したそれは鞄にぶつかってシュウの足先に転がった。勿論、ルカには丸見えだ。
「あ、えっと、これは」
どうしよう、なんて言い訳をしよう。そうだ、先程母へのプレゼントにしようと決めたじゃないか。男子高校生が母親に花束なんて恥ずかしいから思わず隠してしまったって笑えば良い。そう思い顔を上げたシュウの目は今にも泣き出しそうなルカの顔を捉えて、驚きに目を瞠った。
「これはさ、」
「違う女の子にあげるの…?」
「!?え、」
「俺に隠したいような子にあげるんだろ。…俺のことはもう好きじゃなくなったの?」
目にいっぱいの涙を溜めてシュウを見つめるその顔をまさか見ることになるとは思わなくて、シュウは先程とは違う焦りを覚えた。
「ル、ルカ、」
「それなら隠さずに言ってよ、じゃなきゃここまで走ってこなかったのにさ」
「違うんだよ、ルカ」
「何が違うんだよ!嫌いになったん」
「これはルカに渡すつもりだったんだ!」
叫び出すルカに釣られてシュウも叫んだ。シュウがそう言うと、ルカは尚更意味がわからないという風にシュウの顔を見つめた。
「じゃ、じゃあなんで隠し」
「君が贈り物が嫌いだって聞いたんだ」
正確には聞こえたんだけど。ああもう最悪だ。ルカの嫌がることなんてしたくなかったのに。ましてや泣かせるなんて。
けれど、ルカはシュウのその言葉を聞くなり、驚いた顔をしてそんなことないよ!と叫んだ。
「そんなことない、貰うのは凄く嬉しいよ」
「でも、理由もなく彼らが言うわけもないでしょ」
「あっ、えーっと、それはさ、」
プレゼントが嫌いなのが理由じゃないんだ。少しの間を経て、照れたようにそう言って頬を掻いたルカは聞いて、とシュウの横に座って話し始めた。それにならってシュウもルカの隣に座り込む。茜色が空一面に滲み出していた。
「プレゼントが嫌いなんじゃなくて、それ以上に俺がしたいことがあるってだけ」
「したいこと?」
「うん。…えっと、恥ずかしいな。ごほん、あのね。俺プレゼント貰うよりもその人と一緒にいたいんだ」
でも、そういうのはなんか恥ずかしいからさ、嫌いなんだって適当に答えたんだ。お返しもあんまり得意じゃないし別に良いかなって。
「だから、別に貰ったりするのは、シュウから貰うのは凄く嬉しいよ」
ふはは、恥ずかしいよ。そう言って笑うルカの顔が紅く染まっていたのはきっと夕焼けのせいだけじゃない。
「だからさ、シュウ。その花束、俺は貰っても良いの?」
そんな理由だなんて思いもしなかった。そんな、ものより君との時間が欲しいなんて。
「ッ、もちろん!」
シュウだって同じだ。花を渡したらどうやって過ごそうかとか、そんなことばかりを考えていた。
手にした花束を見つめながら笑うルカの顔を自分も微笑みながら見つめて歩いた。煌めきに包まれたそのくたびれた花は、それでも確かに息をしていた。